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仙台高等裁判所 昭和60年(ネ)8号 判決

控訴人

上野養子

右訴訟代理人弁護士

小林清巳

被控訴人

岩手県漁船保険組合

右代表者理事

浜川幸松

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金一七〇〇万円及びこれに対する昭和五六年四月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、控訴人において、次項のとおり補足し、当審における証拠関係が当審記録中の証拠目録のとおりであるほかは原判決の事実摘示(ただし、原判決二枚目表一二行目の「燃上」を「炎上」に改める。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

三  控訴人の補足主張

1  保険契約中、被控訴人組合の定款六三条の規定に対応する部分は無効である。

同定款六三条には

(一)  組合員が、この組合の区域内に住所及びその所有し又は所有権以外の権原に基づき使用する保険の目的たる漁船の主たる根拠地を有しなくなつたとき(あらかじめ、当該組合員からこの組合に保険関係を存続させたい旨の申出があつた場合を除く)

(二)  保険の目的たる漁船の所有権の移転又は当該漁船を使用する所有権以外の権原の移転若しくは消滅があつた場合又は相続その他の包括承継若しくは遺贈があつた場合において、この組合が保険関係に関する権利義務の承諾を拒んだときに漁船保険はその効力を失う、旨規定されている。

定款の規定は、契約条項として契約当事者の権利義務を拘束するものであるから、漁業者たる保険の加入者を保護するうえからも、理解し易い平易な内容のものでなければならないところ右定款六三条の規定は難解かつ、解釈上の疑義を生じ不明瞭であつて、保険加入者の義務に関する条項は契約内容となりえず、その部分は無効である。

2  同定款の保険契約失効の事由たる「漁船の主たる根拠地を有しなくなつたとき」の主たる根拠地を船籍港に限定して解釈することは誤りである。

漁船の主たる根拠地とは、漁船の操業に際し、船舶艤装、必需品の仕込、漁獲物の積おろし等、停泊の頻度の高い港を指すものであり、このことは、「主たる根拠地」として「船籍港」と区別し、また複数の根拠地の存在を予定した表現がなされていること、現に、船舶保険契約の実務上の取扱においても、加入する漁船の船籍港が組合のおかれた県内であることを要件としない扱いがなされていることからも明らかである。

3  組合が、保険事故が生じたのちに、保険関係に関する権利義務の承継を拒むことは許されない。

同定款は、漁船の所有権の移転等があつた場合に、組合が「保険関係に関する権利義務の承継を拒んだとき」を保険契約失効の事由として定めているが、漁船の所有権の移転があつた場合に即時かつ当然に保険契約が失効すると定めたものではないから、権利義務の承継の拒絶があつて始めて保険契約が失効する道理である。

しかして、同定款には、組合が権利義務の承継を拒絶しうる基準もその時期についての定めもないから、組合は恣意的にかつ時期のいかんを問わずに、承継を拒絶しうるかの如くであるが、本件の如く、すでに保険事故が生じて損害につき保険金請求権が発生する時期においては、組合としては承継を拒否して保険金の支払を回避した方が得であることは自明のことであるから、保険金請求権の発生時以降は組合の承継拒否の余地は存しないものと解すべきである。

理由

一当裁判所も、原審と同様に、控訴人の請求を失当として棄却すべきものと判断するのであるが、その理由は次のとおり附加、訂正をするほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、ここに、これを引用する。

当審で新たに取り調べた証拠によつても、以上の引用にかかる事実の認定を左右するに足りない。

1  原判決五枚目表一三行目、同裏四行目、同八行目、同九行目、同六校目表五行目、同九行目、同裏二行目、同四行目、同一二行目、同七枚目表三行目の「木村」を、いずれも「鈴木」と改める。

2  原判決五枚目裏五行目から七行目までの括孤書の記載、同六枚目表八行目の「訴外木村が雇入れた」をそれぞれ削る。

3  原判決六枚目表九行目の「泊込んでいたこと」の次に「、火災後の同年四月二一日合意解除を理由として船舶原簿に所有者及び船籍港がもとどおりに変更されたこと」を加える。

4  同六枚目裏六行目の「原告において」から同一一行目の「排斥されなければならない。」までを、「〈証拠〉総合すると、本件船舶の売買契約書(甲第一二号証)には、本件船舶について、売主が昭和五四年度のいか釣り漁業のために必要な一切の艤装を完了してその総仕上りに要した金額を売買代金額として売買契約を結び、売主が引渡をなすまでの艤装工事中における甲板部及び機関部の責任者を雇入れ、船員の給料を負担するとともに、船舶各部の試運転をして引渡をなすこと、買主は契約と同時に売主に対し、売買代金の内金として合計金額四〇〇万円の約束手形を交付するか、残代金は引渡時に、契約年度の漁期終了までの分割手形を交付して支払うこと、売買船舶の所有権移転登記は代金支払のための手形が完済されたのちに行い、買主はその間、売主の名義によりいか釣り漁業の経営を行うこと等の定めが記載されているが、他方、買主が、右売買契約の日と同日付で作成し売主に差し入れた『確約証』と題する書面(甲第一三号証)には、本件船舶の売買契約を締結し、まだ代金が未決済であり、買主に所有権はないが、かに篭漁業の許可申請資格の第一条件が自己所有船であり、この漁業権の取得が買主の将来の経営の安定を計るうえから絶対に必要なことであり、売買代金完済にも重大な関係があるので、買主が自己の所有船として主張できるため、曲げて所有権移転を願い、登記簿謄本受領次第直ぐ旧に戻すことを確約する、旨の記載がなされていることが認められる。この売買契約書及び確約書の双方の記載内容を総合すれば、本件船舶の所有権は、売買代金完済後に終局的に移転することとされたものの、買主が、かに篭漁業の許可申請をし、その漁業権を取得することが、売買代金の完済にも不可欠の重要性をもつところから、同漁業の許可申請のために、代金完済前に所有権を移転することを約したものと認めるのが相当である(前記漁業の許可がされたあとどうみるべきかはひとつの問題であるが、原審証人鈴木正市の証言によれば右の許可のなかつたことが認められるから、とくに論ずる必要はない。)。

〈証拠〉中、以上の認定に反する部分は採用できない。」に改める。

5  同七枚目表六行目の次に、行を変えて、「控訴人は、被控訴人組合の定款六三条の規定が難解かつ不明瞭であり、本件契約中、同条項に該当する部分は無効であるとし、また、保険事故が生じたのちは、船舶所有権の移転に伴う保険関係に関する権利義務の承継を拒絶することは許されない旨主張するけれども、前段の点については控訴人主張の如く解すべき根拠はないし、後段の点についても、保険関係に関する権利義務の承継があれば、保険金請求権は承継人に帰属し、控訴人はその権利を有しないこととなり、この点で控訴人の本訴請求は理由がないことになるのであるがその点は暫く措き保険契約の失効の有無の点から検討するに前記事実関係と弁論の全趣旨によれば、本件船舶の売買契約がなされたのは、昭和五四年三月一九日であり、保険事故たる火災が発生したのは同年四月六日早朝であるが、その間、控訴人から被控訴人に対し本件船舶の所有権移転に伴う保険関係に関する権利義務の承継について承認を求めることの申立はもとより、所有権移転の事実の告知さえなかつたことが認められるから、保険管掌者である被控訴人が本件船舶について保険事故が生じるまでの間に、所有権の移転に伴う保険関係に関する権利義務の承継について諾否の判断をし、その意思を表明する機会がなかつたのであり、被控訴人が保険事故発生後、控訴人から保険金の支払請求を受けて事実関係を調査し、本件船舶の売買による所有権移転の事実関係を把握したことにより、保険関係に関する権利義務の承継を拒否したことをもつて、これが許されないものとする理由はない(控訴人主張の如く、保険事故が生じたのちは保険関係に関する権利義務の承継を拒否する余地がないと解するならば、保険管掌者の不知の間に保険目的の所有権の移転がなされ、かつ保険事故が生じたときは、保険管掌者の承継拒否権を行使すべき機会がないこととなり、定款の定めが無意味に帰してしまうこととなつて不当である。)し、また、本件の如く、被控訴人組合の所在地と異る他県に居住する者に対して船舶の所有権が移転し、船籍港も他県所在の港に変更される場合には、たとえ前記認定のような漁業許可申請を得るための所有権の移転であつても、保険契約において当初予定した危険状況について変更が生じたものとみるべきで保険管掌者たる被控訴人において、定款の規定に基づき保険関係の権利義務の承継を拒否することが、恣意的で不当なものということはできないのであり、被控訴人の承継拒否は許されるべきである。また同定款の右の如き定めは、前述したところからみて合理性がないとはいえず商法六五〇条二項の規定により要件をゆるめたからといつて無効であるとはいえない。」を加える。

二以上のとおりであり、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので民事訴訟法三八四条一項に従いこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奈良次郎 裁判官 伊藤豊治 裁判官 石井彦壽)

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